| 古い時代のタヒチの歴史は謎に包まれています。数少ない考古学的資料から、この時代の人々がアジア大陸から移動してきたであろう事、伝統的なスターナビゲーションと呼ばれる伝統的航海術で羅針盤のない時代に太平洋を自由自在に行き来していたであろう事、またタヒチからポリネシアの各地域(ハワイ、ニュージーランド、イースター島)に移住していったであろう事が推測されています。キリスト教伝播以前にはポリネシアの古代宗教があった事も判っていますが、イースター島のモアイ像を始め、ポリネシアにはまだまだ知られていない謎が多くあります。
ポリネシアの歴史を知る上で重要な役割を果たした人物として、日本人の篠遠喜彦先生が著名です。篠遠氏はハワイからタヒチ、その他のポリネシアの様々な場所で「釣り針」を手がかりにその歴史を明らかにしてゆきました。篠遠氏なくしてはタヒチの歴史の多くは謎のままであったと言えるでしょう。タヒチ・ソシエテ諸島のフアヒネ島には、篠遠先生の手によって復元された「マラエ」と呼ばれるポリネシア古代宗教の祭祀殿跡が多くあります。また「ファレ」と呼ばれる集会所や、潮の干満を利用して魚を捕らえる罠なども再現されており、これらを巡る考古学ツアーも人気があります。フアヒネ島の隣にはライアテア島があり、かつてはこの島に首都があったのではないかと言われています。ライアテア島では現存するマラエではタヒチ最大と言われる「マラエ・タプタプアテア」が再現されています。
最も古い時代に人が定住したとされるマルケサスにも、マラエを始めとして古代遺跡が残っています。画家ゴーギャンが晩年を過ごした事で有名なマルケサスのヒバオア島にも、石を切り出して作った「ティキ」と呼ばれる石像でポリネシア最大のものがあります。遠く離れたイースター島にもこのマルケサスのティキと似た石像があり、モアイの原型となった可能性があるとも言われています。観光客の方が多いタヒチ島、モーレア島、ボラボラ島にも多くの遺跡があり、観光スポットとして人気があります。
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